2004.06.30 title:どうせ私をだますなら〜死ぬまでだまして欲しかった〜
マジでヤバイです! ウチにもついに来ました! その名も、利用延滞料金請求通知!! どうです? この字面の迫力! ぼ、ボクの×××もおもわず×××してしまいそうです!! どないしょ〜〜!!!
な〜んて。あまりにも稚拙すぎて思わず通知をスキャナで取り込んで公開しようかと思ってしまいましたよ。面倒だし時間の無駄以外の何ものでもないしくだらないのでやらないけど。とはいっても、売られたケンカは買いましょう。ここにその通知の詳細を赤裸々に記述しようと思います。
まず通知の物理的体裁。見た目がどんなものか。通知と書くと大げさですが、届いたものは実はごく普通の官製はがき(再生紙・インクジェット対応)。重要な書類は普通封書だろ。はがきじゃプライバシーのかけらもないでしょ。はがきにしたって普通の会社なら、官製のはがきじゃなくて料金別納とかで送ってくるだろ。同一郵便物を大量に出す場合は料金別納の方が明らかに便利なのだよ、知らなかった? しかも、はがきの裏面の文書はインクジェットプリンタで印刷した模様。しかも、標準画質クラスの印刷でギザギザが目立つ。印刷は印刷業者に任せるか、せめてレーザーにしろよ。というか、最高画質で印刷すれば一般向けプリンタでももっとキレイに出力できるって。
続いて文面。有料情報サイトの情報料支払いが済んでおらず、電話やメールその他の連絡もつかないという定番の文章。そして必殺の脅し文句、連絡・支払い期限を過ぎたら、業者もしくは弁護士事務所と協議し、現地回収または法的手段に移行するとのこと。怖い怖い。
文面には特に文句はありませんが、その下の連絡先がいただけません。まず、お相手は株式会社F・R・S。F・R・Sとは何の略なのでしょう。所在地は、大阪府大阪市中央区心斎橋筋2丁目。代表者名はかわいそうなのでとりあえず伏せます。そして、担当者直通の携帯番号が3つ。こちらに速やかに連絡し、料金支払いについての指示を仰げとのことです。担当者の携帯番号は明記してあってもおかしくないですが、しかしながら担当者の名前が書いてありません。そもそも、株式会社のくせに固定電話の連絡先が書いてないというのはどーゆーことよ。
ちなみに、最終受付日は6月28日。このはがきが届いたのは確か27日か28日でした。期限まで時間がない! どないしょ〜〜! と焦らせる手段ですね。普通の紳士的企業なら、もっと時間に余裕を持って知らせるだろうし、連絡がつかないなんて言い訳はしないでしょう。なんか怪しいとか以前に、彼らの人間性や常識を疑いたくなりますね。
さて、ここまで強気な発言をしてきたわたくしですが、自慢ではないですが該当する有料コンテンツを視聴した覚えはありませんし、請求されるいわれはありません。はっきりと自信を持って言えます。主にネットですが、それだけ慎重になっているつもりですし、詐欺まがいの行為やウィルスメール、偽装やブラクラその他の悪徳サイトについての知識もそれなりにあります。不用意なクリックはしません。本当に必要な場合以外は実名はもちろん電話番号も住所もエントリーしません。偽名で済むところは偽名で済ませます。クレジット番号を登録しているところはamazonとプロバイダだけです。これらのお陰かどうか分かりませんが、ウィルスに感染したことがありません。ワーム被害も未然に防いでいます。Outlookなんて使ったこともありません。手前味噌ですが、何がよくて何が悪いかということ、どこまでは安全でどこからが危険かということ、そして、危険のなかを歩くならどこで引き返すべきかということを自分なりに定義してこそ、自分にとって有意義なネット環境を作れると思っています。
最後に。興味本位でググってみました。こちら。株式会社F・R・S、住所は微妙に違いますがばっちりリストアップされていますね。ネタの賞味期限切れもいいところです。
おまけ:関連リンク 悪徳商法?マニアックス ネット被害対策室
2004.06.28 title:自然の驚異、宇宙の神秘、その実際。
佐賀市で竜巻被害とのこと。気象条件がそろっていたとはいえ、かなりまれな出来事らしいです。
それはそうとして、実は竜巻じゃなくて、某所でひそかに開発されたUFOの飛行ルートだったとか、九尾の狐が悪さをしたとか、そういうことだったらいいな〜と思うのは私だけ? 専門家はいかにもな説明をしているが、実はそれは巧妙に情報操作された報道で、実際は公表できないような事が起きていた…なんてね。
よく思うことは、体感時間とは相対的なものであるということ。アイザック・アシモフは「ほ乳類はおよそ10億回心臓が鼓動する間生きている」と述べているが、ご存じのとおりハツカネズミとヒトでは平均寿命は桁違いである。しかしハツカネズミもまた、10億回の鼓動に身を委ねながら退屈な人生(鼠生)を送っているのかもしれない。逆に考えると、宇宙誕生から現在までの150億年という、我々の想像を絶する時間、その時間もまた、別の生命体にとっては午睡にも足りない刹那なのかもしれない。そのような生命体にとって、超新星爆発は瞬きであり、銀河の旋回は血流であり、中性子星はえくぼであり、イラク戦争はたった一つの細胞死なのである。宇宙もまた一個の生命体であり、彼には彼なりの悩みなんかもきっとあるに違いない。
2004.06.28 title:2バスドコドコやってるのが好き
本日のお題を一般的な言葉に訳すと、「ドラマーが2バス(バスドラム2ヶ)のドラムセットを使っていて、その2バスを高速でドコドコやる系バンドの音楽が好き」となります。いわゆるHR(ハードロック)やHM(ヘビーメタル、ヘビメタ)です。
私が知っているなかでは、X JAPANのYOSHIKI、LUNA SEAの真矢、筋肉少女帯の太田明、洋楽はあまり知りませんがHELLOWEENのULI KUSCHとか。もちろん彼らのバンドが2バスドコドコのドラマーを抱えているから好きというわけではありません。実際、グリーンディとかはあまり好きじゃないです。というのは、曲が単純すぎるから。また、HRでも世紀魔IIとかはあまり2バスドコドコってやりません。でも、聖飢魔IIは好きです。
2バスドコドコっていうのは普通はベース、ギターも16分で刻んでる。つまり、相当な訓練をしないとすぐに腕が痛くなって正確なリズムを刻めない。例えば160BPSとかでギターを弾く真似でもやってみるがいい。2バスドコドコやってみるがいい。やってみれば分かるけど、これは一種の肉体労働といえる。
んで、筋肉少女帯の十数枚のアルバムのなかから俺的ベストアルバムなんかを作ったことがあるのですが、ベストアルバムというのは世を忍ぶ仮の姿、その正体は2バスドコドコ系コレクション。ちなみに曲は次のとおり。大釈迦(大車輪Ver)、これでいいのだ、マタンゴ、日本の米、詩人オームの世界、境目のない世界、踊るダメ人間、パブロフの犬、スラッシュ禅問答、アンクレット、さらば桃子、再殺部隊、ノゾミのなくならない世界、鉄道少年の憩、カーネーション・リインカネーション、トキハナツ、機械、サンフランシスコ(オリジナルVer)。イワンのばかとか入れたかったのだけど、CD1枚に収まらないので泣く泣くカット。んで、大半がギタリストでヘビメタ野郎の橘高文彦作曲。
しかしまあ、こうやって曲目を書き出してみると変なタイトルばっか。ちなみにお勧めは詩人オームの世界、パブロフの犬、鉄道少年の憩。詩、メロディ、アレンジともに白眉、もちろんドコドコやってる。必聴! 見る前に跳べ!
もしももう一度バンドを組むようなことがあったら、ドラマーさんには是非2バスドコドコってやってほしい。バスドラ2ヶじゃなくてもいいから、バスドラペダルは2つ付いているものを用意すべし。もちろんベーシストも正確なテンポでの16分オルタネートピッキング必須。俺ももちろん、パワーコード16分弾きにライトハンドもこなす(予定)。
2004.06.23 title:テレビ占い
すでにご存じの方も多いと思うが、私はテレビを見ない。テレビを見ないのはテレビを持っていないからではない。なぜなら、私の部屋にはテレビはある。数年前に拾ったSANYO製。表面のガラスに擦り傷がついているが、とりあえず映るテレビである。でも見ない。いつも見ているのは「おはよう日本」(起きていれば)と「ニュース10」(家にいれば)のみ。ドラマやバラエティーなんて見ない。ゆえに、人との会話も常にはずまない。
しかしこんな私だが、一日中でもテレビをつけている事があると気付いた。それはつい先日の台風6号のとき。西日本を縦断するかという日はたまたま休みで、朝から午後1時くらいまでNHK総合をつけていた。まだ北海道にはその兆しさえないにも関わらず。同じ事ばかり放送しているにも関わらず。だから、台風のときに屋根に登るなよ! 川や畑の様子なんて見に行くなよ! 見てても、そんなことばかり思うだけなのに。
このときに気付いたのだが、私は今回のように天災や事件なんかでNHKが番組放送予定を急遽変更して臨時ニュースっぽくやってるときにしこたまテレビを見る。もちろん、ずっとテレビの前に座っているわけではない。それなりにいろんな事をやりながら、テレビだけはつけているのである。思い返してみると、一月ほど前の早朝に地震があったとき、地震で目覚めた私はテレビをつけた。大した揺れではなかった、被害なんてほとんどないだろう、それでも私は、番組の途中ですが…ニュースをお伝えします…を見たくてテレビをつけた。
そんなことは以前にもあった。大抵は台風のとき。実家の方に台風がくるのは、大抵深夜だった。そして地震。特に思い出すのは阪神・淡路大震災のとき(朝は死者数十人、夕方には4000人以上…)。北海道南西沖のとき(奥尻島が燃えてた…)。釧路沖のとき(めちゃくちゃになったコンビニ店内…)。それから、真冬の豊浜トンネル崩落事故。そして、9・11。
このように考えてみると、もしかして私はビッグ・ニュースが好きなんだろうか。自分で思っているより、大騒ぎとか、人の不幸が好きなんだろうか。いや、人のことを笑うのは好きじゃないし、困っている人をネタに飯を食う趣味もないはずなのだが…
2004.06.18 title:読書と私
読書が好きです。とはいっても、作家とかあまり知りませんし、最新刊のチェックもしたことはありません。私流の本を選ぶ基準は、別の本で紹介されていたり、映像作品の原作、SFものなどです。自慢でもなんでもないのですが、流行で本を買うといったことはほとんどありません。だから「読書は好き」なのですが、同じように「読書が好き」な人と話がかみ合わないことがあります。
最近、数冊を並行して読んでいます。ヘッセ『デミアン』、コエーリョ『アルケミスト』、光瀬龍『火星兵団を撃滅せよ』その他、プラトン『ソクラテスの弁明』、カフカ『変身』などが枕元においてあります。プラトンは、数行読んだだけですぐ眠くなるので不眠症の友です。
文系向け物理学の講義録をここ数日ぱらぱらとめくったり。数式などはさっぱりですが、物理学の歴史みたいな内容まで突っ込んだ講義だったのでそのあたりは興味深く読み返してみたり。なかでも「宇宙観」の発達の歴史などはもう感動ものです。宗教に基づいた宇宙観というのは今では全く否定されていますが、それもまた一つの観点であって、私には非常に興味深かったりするのです。
なんだかよく分からないことばかり書いてしまいましたが、とどのつまり読書は面白い、と。
先日サンダルを俺仕様にカスタマイズするとか書きましたが、その顛末を報告します。こちらの写真→■ 右から、カスタマイズ前、型紙、型紙を元に切り抜いたコルク製インソール、そしてそれを装着した様子です。作業時間はCD1枚くらい。見た目にもグレードアップしてよい感じです。しかし、MADE IN CHINAはともかく、SUNEOとはいったい…?
2004.06.17 title:自分専用にカスタマイズするのだな
某ホームセンターにてサンダルを購入。値段は380円と超お買い得品。さすがに工作精度はそれなりだが、デニムっぽい布を使った装飾で色は黒。見た目もまあまあである上に、ソールが厚めで履き心地よさそう。そして、なんといっても380円。
しかし気に入らない点が一つ。それは、足の裏が接触する面がビニールのような素材、すなわち汗や湿気を吸収しない素材で作られている点。キャンパス地っぽい成形や無駄に切り返しを使って視覚的にはそれなりの出来に見えるが、これを履いて汗をかいたらきっと気持ち悪いはず。
というわけで、自分専用のカスタマイズをすることに。カスタマイズといっても手順は非常に単純で、ハンズにて購入したコルクシートを件の面に貼るだけ。これをするだけで履き心地はかなり違ってくるはず。コルクが汚れたりしたら貼り替えればいいし。
こういう事ってとっても大事だと思う今日この頃。世間にあふれているもののほとんどは大量生産品で、それが全ての人にフィットしているなんて事はあり得ない。だからといって、きつい靴をガマンして履き続けるのはバカらしい。それならば、自分専用にカスタマイズしてしまえ!
そういう技術を持つためにはそれなりの知識も必要になるのだが、そういう類の技術って、持ってると子供たちへのよい影響になると思うのだが如何なものか。親が子供のために自らの手で特別にあつらえる…下手なしつけをする大人より、そんな姿を子供に見せることができる大人が増えるといいものです。
2004.06.15 title:最近の事情
最近、食事が偏っている。偏っているというか、毎日のように麺を食っている。何らかのイベントがあるときだけ、滋養のある食物を摂取しなんとか健康を保っているという次第である。
時間がないわけではない。金は…無いがそれでも飯に困るほどではない。どうしてだろう、未曾有の事態である。
そのせいか、いつも冷静沈着なはずの私が時々どうしようもないほどのイライラ感に苛まれる。牛乳や卵の殻の摂取量が足りないのか。突発的にわき起こる衝動を無理矢理押しとどめ、カッとならないように他人から目を背け、口を閉ざすことで自律神経を逆撫でしないように務める今日この頃である。
…嘘。まさか自分に限ってそんなことはあるまい…
昨日は久しぶりに他人とアンサンブルをした。他人をけなすことは簡単だが他人から何かを学ぶのは難しい。
2004.06.09 title:深刻な記事とそうでない記事、どちらが受けるのだろうか。
標題のまま。こんなことを、ときどき考える。
私も一応それなりに人生を歩んできたのだから、真面目になるときもある。そういう、真剣な面もちの自分は嫌いではない。そういうときの方が、アタマになーんもないときに比べると名言っぽいことばが吐ける。
蓋しそれは吐瀉物であると考えられるので、そっち系の趣味のある人以外には見せるのがはばかられる。すなわち、こういうところに公開するのは公序良俗に反するのではないかと思ったりしなくもない。
というわけで、書きたいことも書かず今日は終わる。
2004.06.05 title:ヴィオラ弦に新製品登場!
evah pirazzi。独Pirastro社製ナイロン弦です。ヴァイオリン弦としてはすでに十分な知名度を獲得していますが、ヴィオラ弦界にもきっと旋風を巻き起こすのでしょうね。evah pirazziが数年前に登場したときはまさかヴィオラ弦やチェロ弦まで作るとは思ってもみなかったです。こちらでちょっと詳しい情報&通販が。A線がループ、ボール兼用なのでヴァイオリン用Hillタイプのアジャスターを使う事が可能です。ヴィオラにループエンドのA線はほとんどないので、ループ、ボール兼用はポイント高いです。
しかし、ポイントも高いが値段も高い! 高すぎ! Obrigato以上の値段じゃないですか。使ってみたいのは山々なんですがエンゲル係数の高い私には一大決心をしないと手が出せません。そんな私の愛用弦は米D'Addario社のPro-Arte。アメリカ版Dominantといったスタンスの弦です。しかし独Thomastik-Infeld社のDominantをはじめ欧州各社の弦がユーロ高の影響(?)で軒並み値段が高騰しているのに対し、アメリカ製の弦はお値段据え置きのまま。さすが自由の国アメリカ、ブッシュ万歳!
2004.06.02 title:火から炎へ災いへ!?
火を見るのが好きです。好きというより、そのときの気分によって様々な精神作用が起こるので一種のドラッグですな。落ち着いた気分の時はより沈痛に、な〜んもアタマにないときはその気分でずっとどこまでも(説明になってない)。
神の火を盗んだ伝説をはじめ、火にまつわるエピソードは昔話なんかにもよくありますし、火を使いこなすことで人間はここまで発展したなんてサイエンスなお話も(実は単なるフィロソフィー?)。キャンプファイアやどんとさん(正月の祭り、しめ飾りなどの正月グッズを持ち寄り焼く)などは火を中心とした人々の集まりとでもいえるでしょう。「飛んで火に入る夏の虫」「火を見るよりも明らか」など、ことわざや慣用句にも頻出ですね(←アンタ、誰?)。
小さい頃は、火事が非常に恐ろしかったです。記憶の限りでは、私が10歳ぐらいになるまでに近所で2件の火事がありましたが、いずれも鮮明に覚えています。3階建てのビルが夜空を染めて燃えていく姿、大型倉庫が火事になり家の方まで火の粉が飛んできていたこと、それを自宅の窓から食い入るように見つめていた自分…あな、おそろし。
あと、仏壇のローソクの火で髪を焼いたことがあります。もちろん過失ですが、もうね、一瞬。チリッと音がしたと思ったらもう黒こげ。タンパク質の燃える臭い。そうそう、小学校高学年の頃、理科で使った虫眼鏡を使っていろんなものに太陽光を集めて燃やしていたら先生にひどくしかられた、とか、仏壇のローソクを失敬して、無理矢理溶かして好きな形にしたりとか、そんなことがあったりもしました。
というわけで前置きが長くなりましたが、かくのごとく火にそこそこのご縁のある私は、この度ついに晴れて念願の憧れのZIPPOを満を持して購入の運びと相成りました次第でありまして…ZIPPOといえば中学生の頃のいわゆる不良たちの持ち物(なにぶん田舎なもので…)として覚えていて、連中がそれを何に使っていたのか、それでタバコを吸っていたのか根性焼きでもしていたのかは知りませんが、連中が「カキン、シュボッ、カチャン」と得意げにやっているのを見て、当時から現金な私は「使いもしないで何やってんだよ」と思ったりしたものですが口には出さず見ていた次第です。
強風下でも点火できるとか永久保証とかZIPPOの魅力は数知れませんが、私のお気に入りはなんといっても炎と香りです。和みます。ダイソーには100円のZIPPOオイル(もちろん純正品ではない)がありますが、あれはちょっと臭いし火力に不満が残るのでオイルは純正品をおすすめします。
閑話休題、しかしながら私はZIPPOマニア・コレクターではありませんので「ZIPPOは使ってなんぼ」と決めつけ、コレクションなどはしない方針です。現金な私は、金のかかるコレクションはするつもりはありません。するお金もないし自己満足ってのも少々悲しいし。とはいっても、ゲームなどの「アイテムコンプ」とか「○○コレクション」とか「最強になるまで育成する」とかは、当然ですがいくらやってもリアルなお金がかかるわけではないためついつい長時間にわたってやってしまい、いつも悲しい気分になります。この気持ち、ご理解いただけるでしょうか、その行為の後いったい何が残るというのでしょう。楽しけりゃいいじゃん、とお思いか? 否、現金な私は「それでいったい何がおまえのプラスになったのよ?」と自問する癖があります。虚構の享楽的な時間のあとに残ったものはメモカの中のセーブデータだけ。ふと我に返ったときの精神的なダメージは大きいのです。あぁ…というわけで、実用物としない物のコレクションは要注意! というお話でした。
さ〜て、次回の美辞麗句は、「現金な人〜a calculating person〜」というお話です。一部番組内容が異なる場合があります。
2004.05.30 お題:「あらあら、今日はお偉いさんばかり集まって、なんかいけないことでも相談してるの?」の人
役得以外の何ものでもないので自慢する気は更々ないのですが、加藤登紀子の半径数メートル以内でPAを通さない彼女の歌声を聴きました。多くの人と同じく、私が知っている加藤登紀子は「紅の豚」のジーナ役でエンディングテーマを歌っている人でしかないのです。でも、彼女がかの曲「時には昔の話を」を歌ったとき、涙がこぼれそうになりました。
「感動」といえばそうなのですが、もっと複雑な気持ち。明るく楽しく、それでいて切ない詩、独特な発声、そして彼女の優しい顔に、喜怒哀楽という単純な言葉では表せないほど昂揚した感情を味わいました。そして、ある意味「やくざ」な詩の内容に自分の姿を重ねたりしながら聴き入っていました。
私は今まで特に興味を持ったことがなかったので初めて知ったとき非常に驚いたのですが、彼女は実に波瀾万丈な60余年を過ごしてきたそうです。そういう人って、平凡な人々の憧れであると同時に冷笑の対象でもあるんですよ。ごく普通の人ならとてもやらないことをやってきているのです。普通の人々はその勇気を讃えながらも、自分には不可能だと諦める。自分の憧れを、自分とは種類の異なった人種だと思いこむことで自分の平凡さを視野から外す。そして身近にいる夢見がちな人を軽蔑する。そうじゃないんだよ。誰にも他の人とは違うものがあるんだよ。それは常に、他者の憧憬の的なんだよ。それを認知しろ。誰でも自分が主人公になれる世界を持っているんだよ。それが分からんやつは、寝る前にさだまさしでも聴きな。
…でも疲れた。飯の食い過ぎか。
2004.05.30 お題:あの人へ…
ちょっと前にある人への返信メールを書かぬままはや数ヶ月…みたいなことを書きましたが、今日ようやく返信しました! なんというか、肩の荷が下りたというより返事が怖いような、複雑な気分です。
さて、最近ヘッセにまた苦しめられています。作品中、彼の代弁者はよくヘマをするのです。それが、日常的によくありがちで、子供のように純粋な悪夢で、激流のごとく暴れ狂い、燃え上がる炎のごとく全てを焼き尽くす…自分でも何かいてるのかよく分からなかったりしますが、とにかく非常にリアルな悲劇、それと救済。そんなものたちが、あぁ、私の中に吸い込まれていく…
といった感じ。ヘッセが好きだということで非難されたことがありますが、べつにどうでもいいのです。私はヘッセと彼の作品を敬愛している。
2004.05.23 お題:
なぜか時間がなくて深刻なことを書く余裕がないため、本日も手抜き記事にて失礼。
OpenOffice.org 1.1.1(日本語版)を正式リリース オープンソースで開発されているOpenOffice.orgの日本語版、およそ7ヶ月ぶりのバージョンアップ。もちろん我が家ではすでにインストール済み。
北岡明佳の錯視のページ 読んで字のごとく、錯視します。凝視しすぎると脳味噌の真ん中あたりが疲れてくるので注意!
とどのつまり、記事というより偶然見つけた面白サイト紹介です。本当は書きたいネタがいくつかあるのですが、また今度ということで。口は災いの元、有言実行不言実行、男子に二言無し。
さて面倒くさい時間がないため、たいした推敲もせずこれでお終い。Zzz..
2004.05.21 お題:この世には2種類の人間がいる。多感な人とそうでない人だー。
昔は私も多感な人間だったのだが最近はそうでもないのかもしれない。多感すなわち感受性に富んでいるということはとてもすばらしいことである。しかし、人の心配をしたりご機嫌を取ったり他人の言動に敏感に反応したり些細なことに涙したりといちいち疲れる。喜怒哀楽を示そうにも、相手の気持ちを察すると不用意に感情を吐露できない。欲求不満がたまり、自己を卑下し、梅雨空のごとくテンションは沈む。
それならば、鈍感な方が楽だ。ちょっとした暴言にうじうじ悩むよりは忘れてしまった方が楽。いろんな方面に気を回さないのが楽。熱しやすく醒めやすいのが楽。嫌なことでも、これは仕事だ、やらなければならないなんだと割り切るのが楽。見る前に飛ぶのが楽。他人の気持ちなんて無視無視。そういうこと。スピード、テンション。
相変わらず、電話を掛けることと人に何かを頼むことが苦手。でもそのうち、慣れるだろう。一日のストレスは暗室で摂取するアルコールとニコチン、そして睡眠だけで解消できるようになる日も近い。全てスマートに自己解決。
…つーか、多感な人の商売、繊細な人が得意とする商売って、儲からないんだよなあ。仕事は仕事と割り切った商売の方が儲かるし、遊ぶのも楽しい。そういう人間でないと出世できないのです。
2004.05.19 お題:銭・ゼニー
- お金は最初に出ていき、最後に戻ってくるもの。
これは、旧スクウェアの某PSソフトの登場人物である「猫の商人」の言葉です。
…なんか、とても感動しました。「金は天下の回りもの」なんて格言もありますが、それよりもずっと説得力があって、かつ詩的なニュアンスまで漂わせています。
意味は簡単、お金は使ってこそお金、正しく使えば何らかの形で必ず戻ってくる。だから、金を使い切ることを避けてはならない。必要なときは思い切って投資すべき、云々。
どうしてだろう。私はゲームやマンガ、アニメや小説といった子供・引きこもり・オタク垂涎の作品群から深い感銘を受ける。この感じ、他人にはなかなか受け入れてもらえない…
本日はkitaraにて、札響の練習の仕込み、ならびに舞台転換をしました(明日は札響の定期)。そのあと、行きつけの弦楽器工房に行って弓を調整してもらいました。毛の長さ調整と弓ネジの修理をしてもらい、弓の意外な部分の構造、造作について教えてもらいました。そんなわけで本日は弓の調子がすこぶる良く、練習にも熱が入り、得るものがそれなりにあったりして、なかなか有意義な一日でしたが、今朝の夢は最悪でした。野球の試合中で守備をしているのですが、何故かグローブに手(の指)が入らない。そうこうしているうちに打球が飛んできたりして、なんとか処理するのですが…いやはや、大汗をかいて目が覚めました。
しかし、未だに野球の夢、それもヘマをしたり焦ったりする夢を見る私…自覚はまったくないのですが野球に未練があるのでしょうか、それとも、嫌な思い出が心の奥深くに残っているのでしょうか。あちきにはさっぱりわかりませぬ。
2004.05.18 お題:<考え中…>
先日FM放送の受信状態の悪いのが気になる…とか書きましたが、あれからちょっと考察してみました。テーマは「『FM放送にノイズが入るの我慢ならねー!』とか言っておきながら『Antique Soundノスゝメ』なんてページを作っているダブル・スタンダードな私」。
結論から言ってしまえば、FM放送にノイズが入るということは、俺基準に照らすと「高音質・クリアなサウンドを期待しているのに裏切られる」ということ。つまり失望させられるわけです。
それに対して、あえてアンティークな機器で音楽を聴く場合、Antique Soundノスゝメみたいなことをする場合などは、電子的機械的ノイズやレコードの物理的ダメージ、それに回転速度の不安定さなどを含めた「古ぼけた雰囲気」を期待しているのであって、諸々のノイズはむしろ歓迎されているのです。
また、AM放送の場合。これは原則としてモノラル(AMステレオ普及しないなぁ)でビットレートも低いのが当たり前ということから、ノイズが気にならないというよりはむしろ高音質を期待されてはいないといえるでしょう。
さらに、古いレコードを聴く場合。音声記録技術が今ほど進歩していない時代における音声作品についてはいわずもがなでしょう。いわゆる「昔の録音(記録)」は昔のものと割り切っていますから、記録状態が悪いのは当たり前。私などは、むしろ記録状態が悪い方が雰囲気が出てて良いなんてお気楽なことを思ったりもします(もちろんこれは音楽を趣味として鑑賞する場合ですね。例えば昔の書物を史料として扱う場合などは、古い方がいいとか手を加えるのは悪だ、なんていってられませんが)。私の知り合いに若い頃買い集めたレコードを百枚ほど保有していて、それをパソコンに取り込みオーディオCDやMP3にしているという方がいて、その人曰く「なるべくノイズとか取り除きたい。にしてもレコードと比べてCDって好きになれない。な〜んかぺらぺらで、迫力がなくってさあ」と。さすがレコード世代のオー○ドタイプとか思ったりしたわけですがもちろんそんなことは口にはせず、アナログとデジタルの違いということもあるがレコードはレコード特有のサウンドとして保存した方がいいんじゃないのか、ノイズとかもレコードならではのものなんだから…とやんわりと忠告したりしたものです。ま、このあたりは良いか悪いかは別として、古いものを歴史・伝統として、心の故郷として、はたまた単なる嗜好(懐古趣味)として保存しようという現代的な考え方なのですが。
というわけで、期待されないノイズは嫌だな、と。surpriseはいいけど、unpleasantは勘弁。
あんま(というより全然)関係ないですが、ベトナム戦争時の厭戦メッセージを見つけたので一つ紹介します。
- You only live twice, once when you're born and once when you're looked death in the face.
2004.05.16 お題:謎の「ヒヤリ・ハット」
先日運転免許の更新に行ったのです。そのときに講習もあったのですが、そこで出てきた謎のキーワード「ヒヤリ・ハット」。
「ヒヤリ・ハット」とは、ヒヤリとかハッとした出来事のことで、事故には至らないものを指し、ここでは車や自転車の運転中や歩行者としての事例を指します。この「ヒヤリ・ハット」体験こそ実際の交通事故の前触れであり、その体験をどのように捉える(内面化する)かが、実際の事故を引き起こしやすいかどうかに大きく影響するということです。これは交通事故の原因を探る上で大きなキーワードになるということですが…それにしても、「ヒヤリ・ハット」…なんて間抜けな造語でしょうか。
私は講習を受けている間中、このお間抜けなキーワードに何度もがっかりさせられました。そもそも、「ヒヤリ・ハット」は何語なのでしょう。講習中にはいかにも高度な学術用語らしき雰囲気を醸し出していた「ヒヤリ・ハット」ですが、とどのつまりただの日本語じゃないですか。誰がこの用語を考案したのでしょう。これはあくまで私見ですが、「ヒヤリ・ハット」に奥深い日本語の優雅さはかけらもないですね。せめて私に何か新しい名前でも提案できればいいのですが…とにかく、「ヒヤリ・ハット」はダメですよ、日の本の国の品位を下げますよ。公安委員会さん。
2004.05.14 お題:最高に気分が悪いときー、FMラジオの入りが悪いとき。
先日、CDラジオなるものを買いました。何のことはない、CDとラジオが聴けるマッシーンです。
CDプレーヤーもAVアンプ(もちろんチューナー付き)も持っているのに今さらどうして買ったかというと、音楽をもっと気軽に楽しみたかったからです。たしかに、アンプを通した方がCDもいい音がします。だから、しっかりと聴きたいときやビデオ、DVDを鑑賞するときなどは、迷い無くアンプ&専用プレーヤーを使用します。でも、CDを聴くための一連の作業は、アンプの電源を入れて、ソースをCDに設定して、CDプレーヤーの電源を入れて、再生するCDを指定(うちのプレーヤーは25連装なので…)して…と、はっきり言って煩雑以外のなにものでもありません。いい音を聴くために必要な前準備、といってしまえばそれまでですが、これではCDもラジオも気軽には聴けません。私の理想は、家に帰ったとき、朝起きたとき、スイッチ一つで音楽やトークを聴かせてくれる夢のマッシーンだったのです。
んで、ついにそれを手に入れました。中古品、貧相な2chスピーカ搭載、ヤフオクで5000円弱で競り落としたエモノですが、お気に入りのCDを1枚だけ入れて、毎日のように使っています。他にもスリープ&目覚ましも重宝してます。大体、アンプに時計&スリープ&目覚まし機能が付いていればいいのですけど、そんな機能の付いたアンプは無いみたいですね。なんででしょう。
さて本日のお題。AM放送に比べて、FM放送はいろいろとシビアなんでしょうか。日によって入りが悪かったり、ステレオだと「サー」というノイズが目立ったり、部屋の中を歩き回ったりするだけで、つまり人間の位置によっても受信状態が変わったりするのです(アンプのチューナー使用時も同様。特に、NHK-FMで顕著な気が…)が、我が家だけでしょうか。どうしてこんな風になるのでしょう。昔からそうなのですが、FM放送は高音質なだけに、ノイズ混じりだと非常に不愉快な気分になってしまいます。何とかならないものでしょうか。
夜は電離層(?)が下がるから受信状態が良くなる…なんて噂を聞いたこともありますが、真実はどうなのでしょう。どなたか詳しい方、アドヴァイスをお願いいたします。
それにしても、ラジオはいいです。沢山の知らない曲に出会えるから。今ちょうど、ビッグバンドのswingが流れています。
2004.05.12 お題:
いや〜、暖かくって天気もよくて、今日なんか昼に干した洗濯物を夕方には回収してしまいましたよ(挨拶)。
さて、一種のひいきでしょうか、他人がやってると許せないことが、知り合いや友達がやってると許せてしまうって事があります。例えば、最近の流行なんでしょうか、社会性のなさそうな男の子が帽子を斜めにかぶっているのをよく見かけては呆れてものも言えない私ですが、知り合いがそういう格好をやってたら、たぶんそういった嫌悪感は抱かないのでしょうね。
なーんてことをよく思います。特に電車に乗っているときとか。
2004.05.10 お題:音無惣一郎的日記
朝:スパゲティ(コンソメ)←食い過ぎにしていささか胸焼け気味
昼?:チャーハンおにぎり、菓子パン(コンビニ)
夕?:ミニカップ麺、仕出し弁当(チラシ寿司、唐揚げ、エビフライ、煮物その他)←旨し、量多ければなお良し
おやつ:菓子パン×2
就寝前:朝の残りもの
私があまり旨いものを食い慣れていない所為か、基本的に好き嫌いはなく、残さず何でも食べます。というか他の人が「マズッ」とか言って食わないのを見ると不思議な気分になります。人の出した食い物に対して、どうして「不味い」という言葉が出るのかわかりません。私は辛いものと熱いものは少々苦手ですが、大抵のものは旨く食います。もちろん、食ったあとは大満足です。
人によっては、自分が食したものを思い返して、自分の気分がすぐれないのを「もしかしたらアレを食ったのが悪かったのかっ…」とか思って、あからさまに不機嫌な顔をしたりするものですが、ようするに自分の不都合の原因を無意識に自分以外の所に求めているんですよね。良くいえば繊細、悪くいえば神経質、責任転嫁、迷信家、オカルト趣味(?)ってとこでしょうか。オカルト趣味が悪いという意味ではありません。その人はオカルト趣味を持っているため、そうでない人に比べいろいろと損をしてるんじゃないかって事です、念のため。
その点私は、何食っても基本的に大満足(美食する金もないのでね)なので、自分の食したものに疑問を持ちません。「あれが悪かったのかな…」「腹こわすかな…」とか思いません。つまり、自分が食ったことに後悔の念を抱かないのです。だから食ったあとはいつも気分がいいし、いつも体調がいいのです。ここで大提案!! みなさん、どうせ食うなら気分良く食いましょうよ。「賞味期限ぎりぎりだけど(過ぎてるけど)、これ食っても大丈夫かな」とか「これ食ったらやばい」「太る」とか思いながら飯を食ったって、旨くも何ともありゃしないでしょ。一次的欲求とか文化とか娯楽とか、そんな小難しいことはいいでしょう。単純に、飯を食うって楽しいことじゃないですか。
さて、本日は衝撃的なニュースが列島を震撼させたため早々とふて寝してやる予定。そは管直人辞任の報にあらず。
2004.05.07 お題:なんだろう
最近ちょっと気になることがあって、それはある人から来たメールの返信をもう1ヶ月以上先延ばしにしているということ。最近気になるというのは変かな。前々から気になっているのだけれど、いざパソコンの前に座ると気が重いというか、真剣になれないというか、そんなこんなでとにかく延ばしに延ばしています。
それならこんなくだらない文を書いてないで今返信しろよ、との声が聞こえてきそうですが、そうはいかないのです。くだらない文ならいつでも書ける、だがしかし、駄菓子菓子、真面目な文は真面目な気分でなければ書けない。しかも明日は朝早いので、あまりだらだらと推敲している時間はない、というわけで今日も書けないのです。あぁ気が重い。早く書きたい。その人はいつまでも返信しない私に愛想を尽かしているんじゃなかろうか。早く書かねば。でも、時々書くのを忘れたりして、いつの間にやら、はや1ヶ月。
閑話休題。私もいくつかの個人サイトを定期的に巡回していて、日記やエッセイ、ニュースなどをチェックしているのですが、そうしていると管理者によって文体や言葉遣いが違うとか、考え方が違うとか、そういったことが分かってきたり、あるいはその人の文章表現手法を真似たりしたくなります。ここでどんな手法が好きとか嫌いとかいうつもりはありませんが、面白い文を書く人とそうでない人はいて、面白い文の特徴って何だろうとか考えたりするのですが、でもよく分からなかったりします。いくつか私が見つけたことといえば、どんな些細なことからでもたくさんの言葉を紡ぎ出せること、物事を斬新な切り口でとらえること、この二つは面白い文章を書くためのポイントなのかな、と。ちなみに前者は吉野健太郎さん、後者は外崎則夫さんだったりします。ご存じの方もいるかと思いますが、前者は某ニュース&日記サイトの、後者は某MS叩きサイトの管理人様だったりします。
あ、これだけは声を大にして言いたいのですが、私は顔文字乱用は苦手です。そりゃ私だって時と場合によって使うことはありますし(´・ω・`)、一つや二つなら別に気にならないし、いやむしろかわいいと思ったりもしますが、句読点の度に顔文字があったりする文を目の当たりにすると読む気も失せます。だいたい「^^」とか、「^^;」とか、「^^ゞ」とか、とにかくアットホームな雰囲気を作りたいのでしょうが、少なくとも私には逆効果ですね。そして「何ヘラヘラしてんだよ、あぁん?」とつぶやきながらウインドウを閉じます。というわけで、トップページにそれこそごてごてと顔文字が並び立てられてたりすると、怒髪天を突く勢いで瞬殺してしまいますので悪しからず。ヤフオクの出品者にもたまにそういう人がいて、それでも評価をしっかりともらっているのを見ると本当に不思議です。単に私の欲しいものを出品してなかっただけなのかもしれませんが、そういう人と取引をするのは私は不安ですねー。というか、それで有益な情報を漏らしてしまうということも考えられるけど、とはいっても顔文字だらけの文章を読むのは非常にストレスたまるので読まないに越したことはない、そんなサイトに有益な情報があるはずはない、と自己暗示をかけて、と。乱用されるのが苦手なだけで、「使うな!」とか、「使ったら殺す!」とか言ってるつもりはないので、そこんとこシクヨロ。私に目を付けられたければ、どうぞご自由に使ってくださいな。
さて、面白サイトを2つ紹介して今日はお終い。来週のこの時間までさようなら。…って、テレビやラジオで時々言うけど、「この時間」って、番組終了時間だよね。それでいいのか?
http://village.infoweb.ne.jp/~fwkd4612/Xevious/XeviousB.html Flash版ゼビウス。本物そっくり。というかあまりにも懐かしくて泣けてきた。Flashをローカルに置きたい人はhtmlソースを目を皿のようにして読むべし。
http://www.asahi-net.or.jp/~cs8k-cyu/java/noiz2.html 弾幕シューティングNoiz。マウスのみで遊べる。
2つとも、OS付属のゲームよろしくスタートメニューの中にショートカットなど作っておけば、いつでもゼビウス! いつでもシューティング!
…とあまり書くと吉野さんのパクリ記事だということがばれるので程々に。ま、1度はやってみることをおすすめします。
2004.05.04 お題:限りなく白に近いクロ・形而上の日記・メタ猥談
1週間ぶりの更新。いや、時間はそれなりにあるのだけど日記を書くほどの心のゆとりがなくて(大嘘)。
時々はいろいろなことを考えつつ、アタマの良さそうな時事ネタも含めつつ日記を書いていく訳ですが、筆の進むときと進まないときというのはやはりあって、今日は筆の進まない方ですね。進まないから「進まない〜」といった今の心情をネタにできるのであって、進むときは「今日はこんな事があった、こんな事を考えた」と書くことができるのです。
出来事はそれなりにあって、昨日はZ会があった、その前は旧知の先輩方と飲んだ、バイトがあった、楽器の練習を怠りがちなため思い通りの音が出ず自分で自分を貶してやった、さらにその前は天気が良くて、洗濯&布団干しをやった、云々…
うちのすぐ横の桜の木が、今年も花をつけました。彼のための大地はわずか1平米で、その周りはアスファルトの海。たったそれだけの領土を死守しようと、押し寄せる波に彼は一人で耐えています。一体いつまで? いつまでかたくなに生き続けるのか。
2004.04.27 お題:午睡
昼寝。幼児の頃は無理矢理昼寝させられるのが嫌だった。
昼寝。今では、自分から進んでするようになった。
昼寝。うっかりしていて、気付いたときには黄昏。
ビルの谷間に沈みゆく太陽を見ながら、不用意に過ぎ去った時間を想いながら、少し後悔。
昼寝。気持ちのいいコト。二律背反。
昼寝。夜眠れなくなる。夜眠れないから、明日も昼寝。
2004.04.22 お題:ギブミー、チョッコレート!
寒いですねー。私の実家のあるド田舎周辺では気温が30℃を超えているというのに、北海道は相変わらず冷気と強風に翻弄されっぱなし。いい加減にしてもらいたいものです。
さて、今さらこんな事を言うのもこっ恥ずかしくてお話になりませんが、仕事をしている大人と付き合う機会が多くなって、生来私の恥部であった「いろんな事にくよくよ悩み、何かにつけ深く考えてしまい機会を逸する」性質が変化しつつあるように思います。
これはいいことなのかどうかまた悩みます。恥部とはいえ愛着があるのです。思い起こせばおよそ13年前のあの出来事が全ての発端だった…とここに書くつもりはありませんが、「俺の今までっていったい何だったんだ」と考え出すとまた止まらない。そう、例えるなら、ヴァージョンアップして以前のヴァージョンとの互換性がなくなったソフトウェアのような状況です。
とりあえず、今の私に必要なものの一つは「切り替え」。そう、例えるなら、互換性がなくなるのなら別の名前のソフトにしろって事ですね。意味不明ですか。
というわけで、本日のエモノ。→■ おフランス人マンセー。
2004.04.19 お題:最近の他愛のない出来事
食パンをオーブンに入れたままぼーっとしてたら、オーブンから煙がもくもく出てきて、せっかくのパンは消し炭になっていた。
いつもぶすっとしていて態度の悪い(と思っていた)店員さんが、愛想良くお勘定してくれた。何だったんだ、あれは?
献血をした。4年ぶりくらい。
まるでサザエさんのような、かわらない日常。悪い気分ではない。
2004.04.17 お題:物事にキレイな終わりは必要か?
いや〜、札幌は急に寒くなりましたな(挨拶)。
数十億使って助けられた人質どもが性懲りもなく性懲りもないことを言って政治家どもの血圧を上昇せしめ、期せずして与野党の結束が強まりつつある今日この頃ですが。
さて、全然関係ないはずなのですが、最近思ったこと。それはお題のとおり。
そんなことを考えるようになったきっかけは、数日前チャイコフスキーの交響曲第4番を聴いたこと。この曲の説明は省きますが、チャイコフスキー自身の言葉によると、各楽章は絶望・逃避、憂鬱、気まぐれ、そして希望を標題としているということです。
全体的にネガティヴな感情の吐露です、この曲は。なのに最後に希望を持って終わることに私は疑問を抱くのです。どうして急に明るくなるの? もちろん、人間はネガティヴな感情だけで生きていくことはできません。明日への希望がなければ生きていくことに大した意味はありません。だから、終楽章を華やかに飾ったのでしょう。それは分かります。
しかし、夢がいつも叶うとは限りません。努力で全てを可能にすることはできません。悲しんだって死んだ人間は生き返りません。いつでもキレイに終わることはできません。
チャイコフスキーの心情に文句を付けるつもりはありませんし、彼に「とことんネガティヴに生きろ」とはとても言えません。ただ、彼の交響曲第4番は、ちょっと支離滅裂すぎる気がしてなりません。第2楽章までとそれ以降、特に第4楽章の前後での雰囲気の急変に、何度聴いても面食らいます。なんか不自然じゃないですか? ベートーヴェンの「運命」を意識したのでしょうか? どういう終わり方をすれば良かったのか、私が提案することはできません。ですが、例えば彼の第6番の第1楽章みたく終わるとか、方法はいろいろあるのではないでしょうか。第4楽章だからといって長調でバカ騒ぎしないといけないわけでもないですし。
物事がいつでも美しい結末を迎えるとは限らない。それを無理矢理美しく演出するのは欺瞞です。私はそう思います。悲観主義(pessimism)ではありません。現実主義(realism)です。
…とはいっても、そんなネガティヴ集合体を「これが真実だ!」といって表現したところで、受容者側にとってはたまったものじゃないでしょうが。
2004.04.15 お題:あ〜あ、おもしろくねぇ。
この日記は案外多くの人が見てるらしいので、それをふまえて不真面目なことは書かないようにしますね。
さて、人質たちが解放されましたね。よかったですね。なんか釈然としませんね。
妙に落ち着いた3人が口をもぐもぐさせたりきょろきょろしたりするシーンがテレビで繰り返し放映され、家族は口を揃えて「関係者に感謝」してばかり。少なくとも日本政府は、家族たちが要求していた「自衛隊撤退」をしてない。解放されたらそれでも政府に感謝? 「よくがんばったね」って、あんた何様やねん。
唯一、今井の父親、兄が「いろんな助言をいただいた、それをちゃんと伝えたい」「詫びさせたい」みたいなことを言ってて、この人たちは事態を冷静に見てるな〜と思った。
彼らは、今後もイラクに行くのだろうか。
行くはずだな、うん。誰が止めても。そうだよな。
今日も負けたし、あ〜あ、おもしろくねぇ。
2004.04.12 お題:娑婆
世の中って理不尽なことが多いです。どうして以下のようなことが起こるのでしょうか。
ガンダム(GUNDAM;固有名詞)+イウム(-ium;金属元素名の語尾)=ガンダリウム(Gundalium/Gundarium)???
どうして、ガンダミウム(Gundamium)とならないのでしょう。商標にでも引っかかったのでしょうか。それとも、ただの文法的または学術的な規則? 詳細をご存じの方、どうかご教授ください。でなければ、私自らが夜を徹して調査に乗り出すという羽目になってしまいます。
全然関係ないですが、仕事道具は「使える」ものでないとダメだとよく思います。「仕事道具」…自分には関係ないと思う人はほとんどいないはず。作家ならペン、音楽家なら楽器、ビジネスマンならノートパソコンに名刺、コンピュータ使いならパソコンにモニタ、料理人または殺し屋ならよく切れるナイフ…中途半端なものを使っているようじゃ中途半端な仕事しかできません。
プロでもアマチュアでもそのことをよく分かっていればいいのですが、たちが悪いのはそのことを分かってない人。自分のやってることが仕事であると思っていない人。こういう人と付き合うのは疲れます。温度差があるから。道具を持っていればそれでいいとか、いい道具を買えない奴は死ねとか、そういうことを言っているわけではありません。自分のやっていることがきちんとしたものであるのなら、道具に対してきちんと接するべきだと言っているのです。「仕事道具を仕事以外で使うな! 仕事以外で使って、道具の切れ味を鈍らせるなんて言語道断!!」と私は言いたいのです。そんななまくらを目の前でちらつかされて、カッとこない仕事人はいません。仕事仕事と連呼していますが、相手が仕事人ならこちらも(プロ・アマはともかく)仕事人として対峙すべきです。
2004.04.09 お題:様々な考え方?
「在イラク邦人人質事件」に、私も少なからず衝撃を受けています。
アルジャジーラがもっと情報を公開すれば手がかりがつかめるのに、いや、放送局がそういうことをしちゃマズイよな…とか、いろいろ考えをめぐらせています。
大抵の、というか、社会的に正当な意見は大抵放送されていますよね。政府側の「自衛隊は復興支援のために行っているのであって、撤退する理由がない」、被害者?側の「自衛隊撤退が解決案から早々に消去されたのは解せない」などなど。「だから自衛隊を派遣するなっていったんだ」とかぬかしている奴は無視無視。あ、ちなみに私は自衛隊派遣には賛成してました。人質交換の対象になっているということを考慮に入れなければ、今も賛成です。
さて、報道されるのは基本的に社会的通念に照らして妥当であるものだけです。すなわち「たてまえ」色の強いものになりがちです。「本音」として考えられる事って何でしょうね。ちょっと考えたり調べてみました。
なぜ即時撤退させないかというと…
1.撤退には当然ながら金がかかる。自衛隊派遣関係の予算の変更、追加などは今さら不可能。それならば人質を見殺しにし、日本で一人あたり慰謝料数億円とか払ってしまった方が安く済む。もちろん小泉首相ら首脳陣の首は切る。
2.「テロに屈しないアメリカ」の追従(模倣)。
3.危険地帯と分かっていながらわざわざ行くか? 政府の勧告も無視して死にに行ってるようなもんでしょ。どうしてそういう人達を政府が助けなきゃいけないの? 北朝鮮の拉致問題とは違うよ。親たちも親たちだよ。本人の意思を尊重したとか言っておきながら問題が起きたときだけ政府に来ないでよ。頼むよ!
4.人質を取れば日本政府は簡単に動く、と思われてしまう。そして、全世界の邦人が安易に狙われるようになってしまう!
5.少なくともNGOの二人は派遣反対だった。イラク人と共謀することによって、自衛隊の撤退を実現させようとしている? しかも相手の組織は今まで専門家でさえ聞いたことがなかった名前。どゆこと?
6.本当に命がけで行ってるのなら、人の足を引っ張るな。だいたい、武器ぐらい持ってなかったのか。
即時撤退させようよ…
1.そこまでやるのなら、イラク人たちよ、自分たちでなんとかしたまえ。
2.日本は所詮戦争できない国。札束で頬をはたいときゃ各国は何も言えまい。
3.この機に乗じて、自衛隊派遣に当初から反対していた我が党が政権を奪取するぞ、オー!
4.武力で宗教を押さえるとろくな事はない。宗教対立は武力や物量、政治の対立ではないから。←正論
私はこういう意見を口にすることにあまり抵抗を感じません、しかもネット上の意見表明です、が、一応謝罪しておきます。…神経を逆撫でしてしまったらごめんなさい。と、頭を下げておけば取材陣も黙るでしょう。報道関係者というものは頭を下げるシーンが大層好きな人達なようですから。
まぁただ一つ思ったことは、私の両親にはこんな心的疲労(不幸とはあえて書きません)を与えたくないなあと。取材陣に追われ、東京まで行く羽目になり、なれない記者会見なのでどもり、鼻をすすり、涙し、世辞を言われ、その光景を何度も何度も報道され…想像したくありません。私が同じ立場なら(同じ立場になったことがないのであくまで想定です)、自分の都合より両親の安寧な余生を第一に考えると思います。人質となった彼らはそうでない、と言っているわけではありませんが。
2004.04.06 お題:ヒトを観る目
「上には上がいる」「井の中の蛙」…昔の人は良いことを言ったものです。
人間って、ちょっと自分がその道のエキスパートになった(と思い込んだ)りすると、自分より下の人を見下したり、新参者に高慢な態度で接したりしてしまいがちです。
私にもそういう悪癖があって、人を見るときについついその人のあら探しをしたり、よくよくコミュニケーションも取らないうちから外見や言動からその人を「ヤな奴」と決めつけたりと、まるで人を見下すために生まれてきたかのように振る舞ってしまいやすいのです。
そんなとき、冒頭の格言を思い出し、自制します。自制というより、自己を相手の立場に置き換える、といった方が適当かもしれません。「誰でも元は初心者、初学者」ですし、自分より“上”の人はそれこそ星の数ほどいるはずですし、それよりも私は「お山の大将」に居座るつもりはありません。自分が気分良くいられる世界で、胡座していたくはありません。
「望洋の嘆き」、なんて言葉があります。世界の広さ、奥深さ、真理の深遠さに戦き、自分の矮小さを嘆く事を言います。しかし、そもそもどれだけの人が真の大海に臨んでいるというのでしょうか。嘆くのは勝手ですが、細〜い川を前に、それを大海と勘違いし嘆くのは止めたいです。
常に謙虚に、自分を見つめ、他人を敬い、どんな人からでも何かを学びたいものです。「人の振り見て我が振り直せ」ではありませんが、どんな人からでも得るものはあるはず。「ヤな奴」だからといって、それをみすみす逃すのは実に勿体ないではありませんか。むしろ「ヤな奴」も有効活用してやれい。「私のために、せいぜい役に立ってもらうぞ」。な〜んて思ったり思わなかったり。
2004.04.02 お題:
勝ったぜ勝ったぜ! →■ ■ おまけ→■
2004.04.01 お題:なし
今日は4月バカの日。由来は知らぬ。いろんなところでいろんなガス抜きをやってるが、いつもガスが抜けてる当方は興味なし。